ウクライナ危機まだまだ続く

ゼレンスキーはポピュリズムだ、
って言われれば、そこまでなのだが。
(出典:ウクライナの大統領-Wikipedia日本語)

こんにちは、編集長です。

現在、日本は、ほぼ正午。時差7時間なので、ウクライナは朝の5時です。

ドンパチは続いていますが↓

Sky glows after massive explosions near Kyiv

CNNで現地時間、深夜1時くらいみたいです。

まだ、キエフ陥落には至っていないようです。


・プラハの春くらいしか・・・


この若者↑が2014年って言っているのは、
そういう意味(以下に説明される通り)です。
Russians react to war news
(画像クリックで該当時点に飛びます)

東欧って、わからないじゃないですか。ただまあ、読み解くには、社会主義 vs. 資本主義いわゆる冷戦の構図が、ずっと続いているのは確かです。

あとはもっと昔の話で、ゲルマン人 vs. スラブ人、くらいの見方しか思い浮かびません。

世界史教科書的には、1968年のプラハの春くらいですよね。そのチェコ(首都プラハ)も、いまでは共産党支配(社会主義国家=チェコスロバキア)だったなんて、理解するひとは居ないでしょう。

さて、2019年の選挙で、コメディードラマを現実化するかたちで、ゼレンスキー(Volodymyr Zelenskiy)は大統領になりました(この記事)。

その選挙結果の転換点となったのは、2014年ウクライナ騒乱ですね。ユーロマイダンとも言います。

2014年ウクライナ騒乱(Wikipedia日本語)

ユーロマイダン(Wikipedia日本語)

本当に、東欧のひとはユーロ圏入りたいんだね・・・

どんな話かというと↓

① 2013年にウクライナはEU加盟にもう一歩のところまで来ていた。

② しかしプーチンが手を出す。当時の大統領ヤヌコーヴィチ(トップ画像)が、手のひらを返し、EU加盟が見送られる。

③ 2014年市民の暴動(ウクライナ騒乱)。

この直後にクリミア危機が生じます↓

2014年クリミア危機(Wikipedia日本語)

2014年2月23日、セヴァストーポリ(クリミア半島の都市)の親露派住民が住民集会で、キエフ(ウクライナの首都)からの如何なる指示にも従わないことを決議し、独自の「人民市長」を選出した。

2014年3月1日にプーチン大統領は、ロシア系住民の保護を理由に、ウクライナへのロシア軍投入の承認を上院に求め、上院はこれを全会一致で承認した。

2014年3月16日にはロシア編入の是非を問う住民投票が行われ、編入支持が96.6%と圧倒的多数だった。これを受けて翌17日にクリミア議会はウクライナからの独立を宣言し、ロシアへの編入を承認した。またクリミア半島にあるウクライナの国有資産は全て、クリミアが国有化するとも宣言した。

・・・なんか逆香港(台湾でもいいですが)みたいな話ですね。

ようするに、以上の延長線上の出来事を現在、私たちは見ている、とかんがえればよいでしょう。

プーチンの正当性を何百万歩か知りませんが譲って認めるとするなら、たとえば、北朝鮮に居る日本人が仮にいたとしたら、それを日本人が助けに行く、みたいな話になります。

・・・・・・

それでは、今回はここまでです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。m(_ _)m