九州プロレスの新弟子ドキュメンタリー(大変そう)。

(「豚汁がよくでる」
出典:九州プロレス)

こんばんは、伊田です。

地方に根づいたプロレス団体というのは結構ありますが、九州プロレスという団体があるのをご存知でしょうか。

その新人ドキュメントを最近、ぼんやりみて思ったことを書きたいとおもいます。

(以下、画像出典は九州プロレスです。)


・九州プロレス。


曲がり過ぎだと話題に。
(出典:このYouTube

九州プロレスは、御年45歳、脂ののりきったレスラー筑前りょう太が代表(理事)をつとめる地方団体です。

公益団体(NPO)として2007年旗揚げされ、現在もその形態で活動しているようです。

福岡国際センター(キャパ10,000人)の1階席を使った興行(2018年7月7日10周年記念大会)で2,200人ほどを上限として集客している団体のようです(このYouTube参照)。

大きな興行では、CIMAや武藤敬司なども呼ぶようです。

現在所属選手は15人。

試合はとてもハード。

上掲画像は桜島なおきと、以下に話す加島大輔の試合ですが、次のような慰問の言葉が続々投げかけられています。

桜島の技危ない。

曲がりすぎだぞ大丈夫か?

桜島選手は試合の時、相手選手の背骨 そり返し過ぎだぞ!

逆エビやばすぎ

私も言われて気づきました。


・辞めまくる。


大学を中退後、
九州プロレスに入団。
もとプロレス研究会。
(出典:このYouTube

私が九州プロレスにハマったのは・・・プロレスそのものというより新弟子の生きざまについてのドキュメンタリーを追っていたからです。

最初にみたのが上掲画像の加島大輔さんです。

九州の地方局のドキュメンタリーがもとになっているのですが・・・

・・・それらしい奇妙な構成になっています。

というのも、ほとんどハッピーエンドがありません。

上掲画像の加島大輔さん。

厳しい練習をクリアし、デビューします。

しかし現在、九州プロレスの選手名鑑にはいません。

心臓の乱脈性の病気で辞めてしまうんですね。

これを残念というか、採用前に健康診断できない九州プロレスにスキがあったというか・・・。

・・・というか、隠していた(そうです)加島さんにも非がある、といったら残酷でしょうか。

でも九州プロレスとしても大事な投資だったんですからね。


・もっとアレなケースもある。


埼玉県でマッサージ師。
少林寺拳法や躰道の経験者。
妻子をおいて九州プロレスに。
(出典:このYouTube

ただ、加島大輔のケースは、以下の話からふり返ると、かなりマシな新弟子だった、いや大分すごかったという印象です。

さて、この九州プロレスのドキュメンタリー、反響があったみたいで、地方局は続編をバシバシつくっていきます。

・・・しかし、おどろくほどにハッピーエンドがありません。

次に出て来たのは、上掲動画の中村謙一郎さん。

埼玉県に妻子をおいて、マッサージ師のビジネスもおいて・・・ようするにアレですね・・・保険をかけて・・・といったら失礼でしょうか。

ご本人は、夢を実現するまで帰らない、と目を輝かせるのですが、私が見た中では、この方が一番ひどかったです。

「今日は練習休ませてください」

「進退を見極めるため故郷に帰ります」

・・・といって埼玉に帰って行きます。

もちろん二度と戻って来ません。

家に戻り、ニコニコ家族団らんしている場面が流されて終わり。

なんか、よかったじゃん、みたいにドキュメンタリーもまとまっています。

いや、ぜんぜんよくねーだろ、とおもいました。

20日くらいしか、このひと居なかったとおもいます。

こうしてまたしても九州プロレスの投資は失敗します。


・これもすごい。


・・・だそうです。
(出典:このYouTube

次に出てくるのはカンボジアから来た160cmくらいの青年です。

九州プロレスがカンボジアで現地の人を励ます海外興行をしたときスカウトしたみたいです。

筑前りょう太は、自宅アパート(ですよ!)に子供3人と一緒に住ませて、このサムソムナンくんを育て上げようと夢を膨らませます。

たぶん、全費用九州プロレスもちだったとおもいます。

給料も払っていたのではないだろうか。

しかし・・・

・・・3か月後に通訳をつれて「辞めます」と伝えに来ます。

いや、サムソムナン、泣くなよ。

あんた絶対、自分のこと被害者だとおもってるだろ・・・。

・・・こうして九州プロレスの投資は、またしても失敗します。

こうなると費用を捻出している後援会もカネの使い方もうちょっと考えろ、とか言って来そうですが・・・

・・・ドキュメンタリーは、プロレスって大変なんですね、で終っています。


・曖昧に消えて行った外国人。


スコットアンダーウッド。
もと小学校英語教師。
膝の手術で母国オーストラリアに帰国
・・・してどうなった?
(出典:このYouTube

次に登場する練習生も辞めて行きます。

オーストラリア出身のスコットアンダーウッド。

練習で膝を痛め→手術のためオーストラリアに帰国。

なぜ、手術、オーストラリアじゃなきゃ、いけないの?

この時点で、言い方は悪いですが、(辞める)口実だったと取られても仕方ありません。

2017年ごろに動画はアップされていますが、2年後の今、スコットアンダーウッドは選手名鑑にいません。

Facebookが閑散としたまま残されています。


・やはり地味に生き残るひとが強い。


高校柔道の強豪校出身。
これだけで相当すごいのがわかる。
(出典:このYouTube

ドキュメンタリーでは続々と新弟子が生まれては辞めるのですが、最終的に生き残ったのは、上掲画像の野崎広大です。

選手名鑑をみれば相当さまがわりしているのがわかります。もうトップ戦線に食い込んでいるのかな?

ここまで見てきた練習生のなかでは、カンボジアの子をのぞけば最年少で、一番華やかさがなかったのですが・・・

・・・あれですよね、バイトでも会社でも、最終的に生き残るのって、こういうタイプですよね。

自己主張がなくて、地味についてくるタイプ。

ただ野崎広大の場合、地の力が圧倒的でしたから、生き残ったのもうなずけます。

このひとがいたから、九州プロレスのドキュメンタリーとしては、面目も保たれました。

いや~~、大変なんですね、団体運営って。

ドキュメンタリーみながら、筑前代表はじめ、ほかのひとは相当キツイんだろうなあ、とおもいました。

だからなんだって話なんですが、私にはこれだけで十分です。

ただ引き際って大事だな、とおもいました。

とくにプロレスラーなんて100%自分の希望でなりたがるものですから、なんでしょうね、辛かったです、ハイ辞めます、では済まないものがあるとおもいます。

でもそういうひと、たくさんいるんでしょうね。

各団体、入団テストでどうやって見分けているのでしょうね。

そんなふうにおもいました。

・・・・・

それでは、今回は以上です。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。m(_ _)m