国家とは何か。(2)

(出典:Al Jazeera)

こんばんは、編集長です。トランプ米大統領が、シリアからの撤退を表明したみたいですね(2018/04/14ワシントン時事)。シリアでのイスラム国壊滅の目途がたった今となっては、他国の平和に出費はできないそうです(シリアとイスラム国の関係についてはこの記事を参照してください)。そりゃそうだ・・・と言えばそこまでなのですが・・・。

それでも、ビジネスマン然としたトランプ氏の政策決定には、なにか引っ掛かるものがあります。あと2年(アメリカの大統領の任期は4年)がまんすれば、この男は居なくなってくれるのでしょうか。

そんなことを考えながら、前回から大分経ってしまった連載を再開したいと思います。

前回は、こちらです。


・前回までのあらすじ。


(画像出典:Al Jazeeraー以下同じ)

アルジャジーラというアラブ系ニュース放送局の作ったドキュメンタリー「サハラ砂漠の孤児(Orphans of the Sahara)」を見ています。

なぜ、このドキュメンタリーが本連載の題名である「国家とは何か」に関係しているのでしょうか。それを先にまとめておきましょう。

このドキュメンタリーの主役は、トゥアレグ族(Tuareg)という自分の国家を持たない民族です。ユダヤ人に近い、と言えば少しは分かりやすいかも知れません。ただ、彼ら(トゥアレグ族)の場合、イスラエル建国のような国際的に話題と成った出来事はなく、アルジェリア(ALGERIA)マリ(MALI)ニジェール(NIGER)という3か国に囲まれた地域(上の牛乳をこぼしたような箇所)に拡散して暮らしているのが常でした。

そのトゥアレグ族が、突然、「自分たちの国家を持ってやる!」と言い出したところに、本ドキュメンタリーの焦点があります。

生まれた時から国家がある私たち先進国の住民には到底、思いも及ばない発想なのですが、このトゥアレグ族の戦いを通じて、そもそも国家とは何かを考えてみたい、というのが本連載の狙いでもあります。


・マリのトゥアレグ族。


マリに戻って来たトゥアレグ族。

ドキュメンタリー「サハラ砂漠の孤児(Orphans of the Sahara)」は、オムニバス的に進んで行きます。

前回ニジェールに戻って来たトゥアレグ族を見ました。

今度は、マリに戻って来たトゥアレグ族です。

なぜ「戻って来た」のかというと、傭兵として格好の出稼ぎ先だったリビアのガダフィー政権が潰れてしまったからです(前回参照)。


・故郷のマリが嫌い。


シェ(ク)フ君。

「親父はマリに殺された。」

「マリは僕たちを迫害するだけだ。」

前回のモハメドハサン(Mohamed Hassan)君同様、上掲画像の若者、シェフアルキベル(Sheikhu Al Kibeer※)君も、故郷(マリ)への嫌悪感を口にします(※読みはナレーターから強引に作っています)。

「リビアの傭兵生活の方が快適だった。」

「故郷に帰ってきても、自分たち(トゥアレグ族)は迫害されるだけだ。」

それが、彼らの本心でした。


・こうしてアザワドは「建国」された。


AZAWAD

自分たちを迫害する故郷マリに、トゥアレグ族が反逆を開始します。それが、彼ら自身の「国家」アザワド(AZAWAD)の建国でした。

アザワドとは北アフリカの民族ベルベル人の「アザワグ(AZAWAGH)」という言葉が訛ったもののようで、ほぼマリ、ニジェール、アルジェリアにまたがる地域を表しているようです。まさしくトゥアレグ族が自分たちのアイデンティティーを表すために使った言葉だといえますね。

アザワドはフランス語で「Mouvement national de libération de l’Azawad(アザワド解放民族運動)」の頭文字を取り、MNLAと呼ばれることもあります。

サハラ砂漠にまで侵攻していた

アルカイダ。

しかし、同じくマリにおける国家建設の野望を抱く他の組織がありました。

それが2001年アメリカ同時多発テロ事件を引き起こしたイスラム急進過激派組織アルカイダだったのです。


・アザワドのリーダーは即座に交代した。


初代リーダー、

イブラヒム・アグ・ブハンガ氏。

アルカイダとの抗争が原因かどうかは謎なのですが、アザワドの初代リーダー、イブラヒムアグブハンガ(Ibrahim Ag Bahanga)氏は、「疑わしい自動車事故」で直ぐに亡くなる運命にありました。

2代目リーダー、

ビラル・アグ・アチェリフ氏。

リーダーを失ったアザワドは、即座に新しいリーダーを立てました。それが、ビラル・アグ・アチェリフ(Bilal Ag Acherif)氏でした。


・つづきます。


アザワドの独立運動、要はトゥアレグ族の独立運動は、先に言ってしまいますが、失敗に終わります。

「サハラ砂漠の孤児」のドキュメンタリーが興味深いところは、その顛末が、或る種の悲劇として、しかし淡々と描かれている所にあると思います。

いずれにせよ、アラブ地域の民族紛争を、かなり内部にまで入って追ったドキュメンタリーとして、こんなことができるのはアルジャジーラだけだと思います。

本連載で、それを上手く文章化できれば良いのですが。

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それでは、今回はここまでです。

最後まで読んで頂き、ありがとうございました。m(_ _)m